「今、ちょっと忙しくて」
平田裕一の顔です
平田裕一
 二月も終わりに近づくと、街角に積み重ねられた雪も解けだし、春の足音を感じられるようになります。会津若松は冬の間、雪に覆われていた分だけ、春の到来を心待ちにしているのです。そして、本格的な春は、毎年桜前線とともにやって来ます。
 この町には、「会津五桜」に代表されるように、たくさんの桜のお花見スポットがあります。あちらこちらの桜の便りが聞こえてくると、徐々に人の動きがあわただしくなり、待ち合わせやお買物などで、町に活気がでてきます。そして、春爛漫を味わいに、繰り出すのです。 ご家族でお弁当を広げ、お子様の成長を喜ぶ方、お友達グループでカセットデッキを持ち込み、賑やかに楽しむ方、周りの迷惑をかえりみず、自分の世界に入ってしまい大声で歌いまくる方、手を握ったら離さない、こっそりデートのお二人さんなど、様々です。
 町に活気がでてくるというのは、誠に嬉しいことであり、歓迎すべきことなのですが、時々、歓迎されない言葉使いや態度も出てきてしまいます。お店にお客様がたくさんいらっしゃって、あわただしくなると、どうしても急いだり、省略してみたり、いわゆる「忙しい」状態になってしまうのです。時には普段よりも時間がかかり、待つお客様も、接客する係も、少しずつイライラするものです。そして、お客様との会話の中で「すみません、今、ちょっと忙しくて」という言い訳が、登場してしまうのです。
 「忙しい」。リッシンベンにナクス。ご来店いただいて、または、お声を掛けていただいて、感謝いたしますという、「心」を「亡くして」しまう状態です。これは、繁盛している店に起こりやすい、皮肉な光景なのです。いくら繁盛していても、あわただしい作業に追われて、一番大切なものを、一番大切な瞬間に、忘れてしまうのは、いただけません。お客様から見れば「一期一会」なのです。
 暖簾にアグラをかく手抜きの自分を、正当化する言い訳「今、ちょっと忙しくて」。この言葉は、使ってはいけない言葉の一つなのですが、最も簡単に、ホロッと口から出やすい言葉なのです。接客する側は、言い訳をする前に、一つ深呼吸をして、笑顔で期待に応えるサービスを、提供しなければなりません。そして、活気が出てくることを喜び、少しあわただしくなっても、常に冷静に判断し、テキパキと行動するように、今のうちに、自分自身を磨きましょう。
 今、全国各地で暖簾にアグラをかいてきた観光地が、崩壊しています。このような先行きの不安な時代に、観光都市会津若松市は、平成十一年に市制施行百年という節目を迎えます。その記念事業の一環として、鶴ヶ城の干飯櫓(ほしいやぐら)と南走長屋(みなみはしりながや)の復元が、すでに、開始されています。きびしい状況の中で、前向きで、たのもしい話題です。私達のような民間企業も、出来ることから始めなければなりません。「会津の暖かい心」の再構築を、雪の下でせっせとすすめましょう。その熱意は、深い不況の雪を解かし、今までよりもきれいな桜の花を、咲かせてくれるでしょう。そして、この町を訪れてくれるお客様や住んでいる皆さんに、心地よい満開の会津若松を、味わっていただきたいものです。
福島民報新聞「民報サロン」1998年02月25日掲載
コラム目次へ
1996年・旅行者心理学
1997年・まだ計算中です| 昔からそうだから| つまらないものですが
1998年・新・路地裏紀行| あこがれ| 今、ちょっと忙しくて
1998年・あったか電子メール
2000年・精神ダイエット
2008年・真冬の庭に花を咲かせる