「真冬の庭に花を咲かせる」
平田裕一の顔です
平田裕一
 2001年1月、会津には25年ぶりという大雪が降りました。木造建築の温泉宿向瀧は、あちこちが破壊されてしまいました。雪は宿経営にも悪影響をもたらす自然現象で、長年の悩みです。
 厄介モノの雪と共存して、お客様に魅力ある自然を感じていただけるのか?そんなことをずーっと考えておりましたが、その年、おぼろげに浮かんだアイディアを実行に移すことにしました。花の咲かない冬の中庭に灯りの花を咲かせる、無謀とも言える夢をダメ元で始めました。竹筒に無数の穴を開け、中に蝋燭を灯し、雪の中庭に点在させる、花が揺らぐ、、、こんなこと出来るの?誰がやるの?
 竹筒を切り、穴を開け、蝋燭を灯します。もちろん手作りです。しかし実験で点火した1本は火事の如く、燃えてしまいました。これでは文化財の木造建築まで燃やしてしまう、、、途方に暮れて、やはりダメか、、、と思いましたが、ひょんなことで、解決して、やっと作り上げた7本で2001年12月末には、始めることが出来ました。
 お客様の評判も良く、それでは、と意気込み、30本まで制作しました。1人で1本1本灯し、1本1本消して廻ります。これで本当にお客様に喜んでいただけているのか?そんな不安を心の隅に押し殺しながら、毎日毎日灯しました。まだ、社員はキレイですね、と言いながらも手伝おうとはせず、知らん顔です。
 そんなある日、消火の時刻になり、中庭に出てみると、ある部屋にお客様の人影が見えます。じっと中庭の景色をご覧になっています。せっかくお楽しみいただいているのに、その目の前で消すことは忍びない、と思った私は、即1時間延長しました。しかしその1時間後、まだ窓にはお客様が、、、さらに1時間延長、それでもまだご覧いただいています。そろそろ消さないと加熱して、燃えだしてしまいます。本当に心苦しいのですが、出来るだけ遠くのものから、消し出しました。そして、そのお客様のお部屋に一番近い最後の1本を消して「申し訳ございません、ご覧いただいて感謝しております」と思いながら一礼をしました。その時、突然「ガラッ」と窓ガラスが開き、「パチパチパチパチ、、、、」と、お二人で割れんばかりの拍手を鳴らしていただいたのです。雪にやられ、不安を抱え、疑心暗鬼で、自分の進む道が、猛吹雪で先が見えない状態の時に、こんなに嬉しい拍手はありませんでした。同時に私は、これまで、感動とか感激とか軽くかんがえていたな、と深く反省いたしました。金品をもらった時などに、うれしいな〜程度の感情かと思っていましたが、金品ではなかったのですね。猛吹雪の中、人が人のために、本気になる瞬間に、初めて生まれる心の揺らぎが感動や感激なんだ、それは人の心をいつまでも揺らすんだ、と教えていただきました。
 今では、蝋燭本数76本、2ヶ月以上の日々が、雪見ろうそくの厳しい日程です。しかし、夕刻になると、向瀧からチャッカマンが消えてしまいます。なんと社員が、先を競い合い、点火に向かうのです。いやいやながらに点火する社員は誰もいません。そんな社員の姿を見ていると、あの時の拍手が、感動が、確かに社員まで届き、感激の時空間を作り上げているのだな、と感じます。そして多くのお客様へ、感動はコダマしています。
 2002年05月代表取締役になって、売上指向からお客様の満足を重視した考えに変えました。見る見る宿が変わりました。とにかく実践の日々です。今日も夕刻にはチャッカマンを握りしめ、社員に負けないように、私も雪の中庭に飛び出していきます。いつの日か、お客様の心にあかりを灯し続けることの出来る温泉宿になれますように。
JQACREPORT・2008年02月17日掲載
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1996年・旅行者心理学
1997年・まだ計算中です| 昔からそうだから| つまらないものですが
1998年・新・路地裏紀行| あこがれ| 今、ちょっと忙しくて
1998年・あったか電子メール
2000年・精神ダイエット
2008年・真冬の庭に花を咲かせる