「新・路地裏紀行」
平田裕一の顔です
平田裕一
 最近、あちこちの講演会で、未来の旅行形態について、という予想がされていますが、実は、その変化を見事に予想している旅行があるのです。それは、誰もが経験する修学旅行です。 ここ数年、その形態や生徒さんの行動は、ものすごい速さで変化していることに気が付きます。
 私が中学校や高校の頃は、すべての行程がバスなどによる団体行動でした。ほとんど決められたコースを、前を歩く友達に離されないように、てくてく歩く作業、まるで遠足の延長のようです。たとえ目の前に国宝があろうとも、どんなに素晴らしい絵画が飾ってあろうとも、どこをどう廻ったかは良く覚えていないわけで、とにかく「どこそこへ、無事行って来た」というレベルの修学旅行でした。
 私の住む会津若松市は、毎年春と秋、沢山の修学旅行の生徒さんで、活気づいています。ここ十年ほど前から、会津を訪れる生徒さんは、五人ぐらいのタクシー分乗スタイルをとり、今では、あたかも会津の観光の原点「三十三観音巡り」に似た形態である徒歩スタイルで、町中を地図を片手に、回遊しているのです。昔なつかしい駄菓子屋の袋を下げて、縮れ麺のラーメン一杯に五人で群がり、香ばしい味噌田楽を一本だけ頬張るのです。さらにお店をハシゴして、「ダシがどうだ」「味噌のコゲ具合がどうだ」などと、料理の鉄人顔負けのコメントを残し、お店を立ち去るのです。修学旅行だからこそ許される、 大人になってからではなかなか出来ない旅を、実行しているのです。そして、ある生徒さんは、赤べこを作り、絵ろうそくに絵を描いて、手びねりろくろを体験しています。実に愉快に、かつ経済的に、会津の伝統的な文化を、楽しんでゆくのであります。
 日本の教育が、 本来、集団行動による団体旅行を習得させるはずの修学旅行において、社会人になってからするであろう、個人旅行を習得させているのです。そして現実に、パンフレットに出ている 名所旧跡を背景に、記念写真を多人数で撮る旅は、個人個人に目的を持って、少人数で路地裏の空気を探る、団体行動苦手系の旅に変わっているのです。これからの時代に求められる旅は、「物を 見る旅」よりも、お店の人と会話を交わしたり、街角の人々に道を尋ね、路地裏を見て廻ったりしながら、その町の生活ポリシーを探る「心を感じる旅」なのです。
 日経産業消費研究所による、「今、注目する魅力的な町はどこ?」の調査で、会津若松市が全国六百九十都市の中の十番目にランクされました。「歴史や伝統が、その町の食文化、工芸文化に生かされているか」が、魅力を感じる大きな条件となっているのです。修学旅行の生徒さんが、足の向くままに行動する「新・路地裏紀行」は、まさにこれからの旅行形態を暗示する、羅針盤なのです。
 人を引きつけ、心を感じさせる、そんな会津若松市に住む我々市民は、このランクインを誇りと感じ、今後も「心を感じる旅」の舞台となる町にしていきたいものです。
 
福島民報新聞「民報サロン」1998年01月15日掲載
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1996年・旅行者心理学
1997年・まだ計算中です | 昔からそうだから| つまらないものですが
1998年・新・路地裏紀行| あこがれ| 今、ちょっと忙しくて
1998年・あったか電子メール
2000年・精神ダイエット
2008年・真冬の庭に花を咲かせる