旧会津藩士赤羽源八が、入植地の北海道余市町で苦難の末、国内初の民間栽培・商品化に成功したりんごです。 江戸末期、孝明天皇が信頼の証しとして会津藩主・松平容保に与えた「緋の御衣」と、戊辰戦争降伏時に敷かれた「緋毛氈」という会津にとって明暗両方をイメージして名付けられたといいます。 現在では幻の品種で、余市町の農家から原木の枝を譲り受け、会津の地で復活に取り組み、結実に成功しました。
かつて明治新政府と開拓者たちは、北国に新たな実りを根付かせました。極寒の地で試みられた数多のリンゴのうち、見事に実って人気を博した二つの品種が、国光と紅玉です。その後の品種改良により、国光は名品ふじを生みました。